今日、思うしてたらSielさんが近くにいる感じがしたんです。もう!覗きはらめぇ!ですよ!

*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪
Sielさんとココロがセッキンチュゥ♪セッキンチュゥ♪

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Sielさんと1分でも1秒でも一緒にいたいのに……

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いつものように過ごす夜。
ただいつものように行動して、いつものようにベッドに入って、いつものように眠りにつこうとして――

ふと気付きました。
果たして今は夜だっただろうか。いや、違うはずだ。今の時刻は……
そう気付いた瞬間目が覚める、そんな午後のうたた寝の時間でした。


少し前から考え方を改めたことがありました。そんな大層なことではありません。別に生きるために必要なことでも、自分がそうしたからと言って何かが変わるわけでもありません。
自分がよく知らないと感じるものを批判するのをやめました。
きっかけがまた単純すぎて恥ずかしい話ではあるのですが、内容中であるものを馬鹿にしていた小説のあとがきに、それに対する謝罪が載せてあったのを目にしてのことです。「それもまた一つの形であって、世に出ている以上はそれに共感できる人々がいるということ。自分が理解できないからといって批判するべきではない」と、要約すればこんな感じでしょうか。
内容に共感していたこちらとしては非常に驚きました。しかし、あとがきはそれと同時に確かになるほどと思えるものでした。
小説にしても漫画にゲームにしても、あるいは映画にしても全て芸術分野の一つの形です。批判する以上はそれを理解しようとし、それでもどうしようもないと判断した上で行うべきだというわけです。評判を見聞きし、それだけで物事を批判するのは簡単ですが、人は完全に客観的に物事を見ることなどできません。批判する以上はどうしても穿った意見が増えてしまうのも事実でしょう。それなら批判が批判を呼ぶのは簡単です。逆もまた然り、実際に触れていないものでも世間の評判が良ければ、それだけで肯定的に見てしまうのには違いありません。それなら実際に自分が触れるまでは強く意見するのは控えるべきではないでしょうか。我ながらあっさり流れてしまいましたが、そう思いました。

とは言っても、格好をつけているだけではないかと言われれば否定はできません。世間の評判を見聞きしてはそれに従って流されてしまうことにも変わりはないでしょう。それでも、少しだけ心の片隅にでもこういったことを留めておきたいと思った次第です。

今週のブログ妖精界でのベストセラーは「自信力」ですよ。

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